こんにちは。くんぱす先生です。
私は認知症疾患医療センターに勤務する医師で、認知症予防健診から終末期のお看取りまで認知症の全段階の診療を日々行っています。
診察室では認知症ご本人の診察が中心となってしまうので、介護者のサポートがしたくてサイトを立ち上げました。
このサイトでは、日々認知症診療に携わる医師の立場から、認知症介護をされている方にとって助けとなる内容を発信しています。

自宅や施設で過ごすことが難しい症状が出て入院加療が必要と判断されたとき、不安に思うご家族がほとんどだと思います。
入院時、私はご家族と時間をとって分かる範囲で現状や今後の見立てをお話するようにしています。
今回は、そのお話の一部【入院下で起こりえる良くないこと】について話します。
”入院”に過度な期待を持つ家族は少なくない
入院することでこんな期待をしていませんか?
- 認知症症状が良くなる
- 歩けなかった患者さんが歩けるようになる
- 自宅で過ごせなかった症状がなくなって、また自宅で過ごせるようになる
- 元の施設に必ず戻れる
これらの期待を抱きたいお気持ちが分からないわけではないのですが、冷静に今置かれた状況を客観視していただきたいと思います。
入院するほどの症状悪化がある
これが紛れもない客観的事実です。簡単にいうと”具合が悪い”のです。
今までの安定した病状のときとは違って、精神の具合が悪い状態なので身体合併症も起こりやすいですし、急変のリスクも高まった病状といえます。
入院することで全て解決!といった過度な期待を抱かれるご家族に向けて、入院時に必ずお話している内容を今回は共有します。
① 向精神薬による有害事象
向精神薬とは睡眠薬や抗精神病薬などを指します。
入院しなくてはならないほどの精神症状があるわけですから、これらの薬物調整を行う可能性が高いのですが、これらはもちろん副作用があります。この副作用は自律神経系のバランスが悪くなることで特に以下のようなことが起こりえます。
過鎮静、傾眠
興奮を抑える作用が前面に出すぎて、うとうとしている状態です。
覚醒度が悪い状態では食事を十分に食べることができなかったり、誤嚥の危険が高まります。
嚥下機能低下、肺炎
飲み込む力が衰えるということです。
薬の影響だけではないですが、ご高齢の方は飲み込む力が衰えやすく、食事や自身の唾液でも誤嚥を起こし肺炎に至る場合も少なくありません。(誤嚥性肺炎)
明らかなむせ込みがなく誤嚥していることも少なくないので、「むせていないから大丈夫」とは決して言えません。
歩行能力の低下、ふらつき、転倒
何とか自宅では歩いていた方も、環境が変わることや薬物の介入によりふらついて転んで怪我をしてしまう可能性は上がります。
ご家族の要望で多いのが『なんとか歩かせてほしい』というものです。
お気持ちは分かりますが、”歩く”という行為はご本人の意思があってこそ成し得ることなので、リハビリテーションも然り、ご本人の意思次第といえます。
排尿障害
自律神経系に作用する抗精神病薬により、尿が出しにくくなることがあります。それも結構な頻度で起こり得ます。
薬の影響と、活動度が下がることの両方でさらに尿がうまく出せなくなり得ます。
膀胱に尿が溜まった状態となるため、尿意をよく感じる方であれば「おしっこをしたいのにできない。」など訴えることができますが、尿意を感じにくい方の場合、尿路感染症を発症してから排尿障害があったことが分かる方もいます。
② 看護師含めコメディカルスタッフは1対1で患者さんを看ることはできない
『入院したら専門職の人たちが手厚く看てくれるから自宅にいるときより安心ね。』
そう思われていませんか?
これは半分合っていて、半分間違っています。
専門職が看ることに間違いはありません。しかし、その専門職は一人の患者さんのみの対応しているわけではないのです。
特に認知症を看る精神科病棟では、国から定められた基準の人員配置は最低”20対1”。
つまり、看護師一人で20人を看るということです。
1対1でつきっきりで手厚く看ることができません。
その中でも、スタッフは忙しなく動き、休憩もそこそこに働いています。
そのため、自宅でご家族が患者さんにマンツーマンで対応していた頃の方が手厚いと言えるでしょう。
③ 患者さんの安全のための行動制限
具体的には身体拘束や隔離が行動制限にあたります。
- せん妄症状が強くベッドからの転落の危険が高い。
- 興奮があり、介護者への暴力的行為や自傷行為に繋がる。
- 行動を自制することができず、疲れているのに休息できない。
このような症状がある場合、患者さんの安全を守るために行動制限を一時的に要することがあります。
行動制限により活動度は落ちるので、
④ 身体合併症の可能性が高い
①向精神薬のお話であったように、誤嚥しやすくなることで肺炎、転倒による骨折、尿が出にくくなって尿路感染症などの身体合併症の可能性が上がります。
これは入院加療する前よりもリスクが上がっていると考えて頂いたほうがいいです。
ご家族の中には「入院しているのに何で具合が悪くなるんだ!?』と本気で仰られる方もいます。
(いや、具合が悪いから入院しているんです、、)
ご高齢の方の治療は若い方に比べて難しいです。
- 薬を代謝する肝臓・腎臓などの臓器の機能が落ちている
- 薬に過敏に反応を示すことが多い
- 治療に耐えうる予備能が低い
元気な頃の身体とは違ってきてるのを、ご家族もだんだんと受容していかなければなりません。
急変したときの対応
これも入院時にご意向を伺うことが多いです。
認知症の患者さんはご高齢の方が多いので、自宅にいても施設にいても病院にいても急な病状変化(急変)は起こりえます。
急変されたときは基本的にご本人は意識がない状態であり、ご家族も急なことで判断が難しいと思うので、私はあらかじめお元気なとき、ご家族が冷静に考えられるときに急変時の対応のご意向を伺うようにしています。
心臓マッサージや気管内挿管を希望するか
日本は文化的背景から『縁起の悪い話をすべきでない』と終末期の話を避ける傾向があると感じます。
しかし、人間も動物。命は有限です。
生物である以上、いつか必ずくる終末期の話を親が高齢になっても全く考えていないというのは現代にそぐわない考え方だと思います。
今まで元気で過ごしてこられた方も、入院を契機にご家族とともに考えて頂いています。
なぜこんな話を家族へするのか
なぜわざわざ時間をとって、それも”入院時”にこういった内容のお話をするのか。
それは、医療現場と患者さん・ご家族の理解度の温度差をできる限り少なくするためです。
医療の現場では、医療従事者が良かれと思って取り組んだことも、捉える家族との価値観の不一致があるとトラブルに発展します。
そのため、私たち医療従事者は”当たり前”だと思っていることも、あえて時間をとって説明しご理解いただけた方のみ入院して頂いています。
みなさんも何かしら医療的処置を受ける際に【同意書】にサインした経験はありませんか?
この価値観のすり合わせを怠ると、「こんなはずじゃなかった、、」とお互いのためではない結果になることも少なくないからです。
自ずとネガティブな話が多くなりがちですが、こういった理由から聞こえの良くないこともしっかりと説明して理解してもらっています。
まとめ
今回は、入院時に医師からお話する内容の一部をご紹介しました。
あくまで、”一人の医師として”の見解であるため他のお考えの医師も数多くいらっしゃることはご理解ください。
「入院することで全部がいい方向に行くはず!」と過度な期待を持つ前に、目の前の患者さんの病態を理解して受け入れる準備を少しずつしていって欲しいと思います。
そして、担当医はじめ医療現場のスタッフと同じ方向を向いて協力し合える関係を築いていけると素敵ですね。
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