こんにちは。くんぱす先生です。
私は認知症疾患センターに勤務する医師で、認知症予防健診から終末期のお看取りまで認知症の全段階の診療を日々行っています。
この記事は在宅介護を頑張っている、主にご家族へ向けて書いています。
自宅で認知症のご家族の介護をするのは、想像を超える大変さです。自分のペースで生活できないというのは肉体面だけでなく精神面が特にしんどいと思います。
そしてこの年代の方々はとにかく頑張り屋さんが多すぎる印象です。
「妻のことは私が責任をもってみてやらないと。」
「お父さんは私がそばにいないと不安になるから。」
こんな風に他の手を借りずに抱え込み、助けを求めることが情けないとすら感じていらっしゃる方もおられるくらいです。
そんな、頑張り屋さんのあなたへ向けた記事になります。
この記事を読むことで、誰かに相談することは悪いことじゃないんだと心が少し軽くなって、一人じゃないんだなと思えるようになると嬉しいです。

自分だけで抱えこむことは本当にご本人のためでしょうか?
認知症について考える上で、「本人の気持ち」をおざなりにすることはできません。
けれど一生懸命になればなるほど、どんどん視野が狭くなり、果たして誰のためなんだろうか?という状態になることは決して少なくないのが現実です。
ご本人の気持ちを置いてけぼりにせずに、一度立ち止まって想像してみて欲しいと思います。
認知症になっても”その人らしさ”は残ります。
責任感が強かったお父さん。いつも自分のことは後回しで家族のことを最優先だったお母さん。
ご家族を思う気持ちは認知症になっても残っています。
そんなご本人は、家族が一人で抱え込んで我慢して欲しいと願っているでしょうか?
ご本人は大切なあなたに幸せであって欲しいと思っています。
認知症を診療していて、気を付けていることは”共倒れにならないこと”です。
認知症の患者さんを支える家族がどんどん疲弊し、日常生活を送れなくなっていってしまうことは避けなければなりません。
ご本人が一番望んでいないことだと思うからです。
自分の介護のために家族が日常生活を送れなくなるまで疲弊することを望む人がいるでしょうか?

適切な距離をとることは家族といえど大切
夫婦、親子など、家族とはいえ相手を尊重し礼節をもって接するために適度な距離感が必要です。
認知症といっても急に全てのことができなくなるのではなく、環境を工夫することで日常生活に支障のないように過ごすことは可能です。
それを、「認知症だから」と本人のできることを奪うことは家族でも避けていただきたいところです。
過干渉になったり、介護が大変すぎて感情がぶつかったりする場合は、距離感を見直した方がいいタイミングかもしれません。
他人だからこそ客観視できることがあります。
あるとき突然認知症が発症するわけではなく、徐々に「あれ?なんだかおかしいかもしれない。」と感じるのが自然な流れです。
人は置かれた環境に順応する素晴らしい性質を持っていますが、在宅介護で視野が狭くなっているときは客観的にみると明らかに異常な状態でも、家族が気付いていないこともあります。
例えば、何か月も入浴できておらず整容が保たれていない状態にも関わらず、ご本人、ご家族ともに問題視せず過ごしているなどです。他にも、食事や飲水量が徐々に少なくなっており、十分に排尿が認められないにも関わらず、気が付かず高度脱水で入院を要する病状になっていたというケースもあります。
助けを求めるべきタイミング5選
では、実際にどんなときに助けを求めたらいいのでしょうか。
今までの診療で多くみられ、家族だけでは解決が難しいであろう症状をあげてみます。
①夜寝てくれない
昼と夜の区別がつかなくなる「見当識障害」の症状です。睡眠覚醒リズムが乱れるため、精神症状も悪化しやすく、夜寝られない場合は医療機関を早めに受診した方が症状の悪化を防ぐことができるかもしれません。
また、レビー小体型認知症では「レム睡眠異常行動」といって、寝ているときに激しく動いたり、大声を出すなどの症状がみられることがあります。
介護するご家族は日中働いている方も多く、夜間十分に睡眠がとれないと健康被害も出てきます。夜間不眠の患者さんと同居されていることで仕事を続けることが難しくなったご家族もいました。
就労されていない方でも夜間寝られないことで日中眠くなってしまったり、ストレスが溜まりやすくなり心穏やかに介護することができなくなります。
そうなる前に是非、相談して欲しいと思います。
②排泄の問題
認知症の進行とともに、「失認」という症状がでてきます。
「失認」とは、視覚や聴覚などの感覚器に異常がないにもかかわらず、物の意味が理解できない状態です。
排泄の場面で、人は多くの判断や動作を行っています。
まず、尿意を感じる。→排尿はトイレで行うものと判断する。→トイレを認識し、脱衣する。→便座へ座る。→排尿する。→拭く。→立ち上がる。→着衣する。
簡単に書いてもこのくらいのステップを要する高度な行動です。
ここで、認知症の症状である「失認」があると、こんな弊害がでてきます。
- 尿意を感じるがどうしていいか分からず戸惑う。
- トイレに行かなければならないことは分かっていても、トイレを認識できず、部屋の片隅で用を足してしまう。(「異所排泄」)
- 異所排泄を防ぐためにおむつを着用してもらうが、不快感からかおむつを脱ぎ捨ててトイレに流そうとしてしまう。
- おむつに排泄をしてくれるが、度々の排泄でおむつを交換するときに嫌がり、スムーズに交換できない。
排泄面での介護は家族にとって負担がかなり大きくなります。
異所排泄の大変さは想像に容易いと思いますが、おむつ交換も一日に何度も必要となるため大変です。
③介護者に怒る、手をあげる
温和な性格であった方が、認知症の進行とともにあるときからなんだか怒りっぽくなった。
外では今まで通りなのにうちの中ではちょっとしたことで声を荒げたり、物にあたるようになった。
こんなケースも多くみられます。
これは認知症の進行に伴う周辺症状の一つ「易怒性(いどせい)」や「興奮」です。
家族としては、いつも献身的にできる限りの介護をしているのに怒られたらたまったもんじゃない、とネガティブな気持ちになるのも無理はありません。
人は誰しも良かれと思ってした行為を否定されたらいい気持ちはしなくて当然です。
けれど、これもまたご本人の病状なのだと客観視する距離感が必要になります。一日中一緒にいると距離感が保てずにこういった症状に対して一歩引いてみることができず感情的になりやすいです。
それはしょうがないこと。
だからこそ、距離感を保つために助けを求めて頂きたいと思います。
こういった「易怒性」「興奮」といった周辺症状がでてきた場合は、ご本人も気が休まらず辛い思いをされていることが多いため、薬物治療を検討するために医療機関へ受診していただいた方がいいと思います。すでにかかりつけ医がある場合は、主治医へお話しください。
ここで処方するお薬は、抗精神病薬や抗認知症薬などやや専門的な知識を要するものになるため、主治医から処方が難しい場合もあります。その場合は、主治医から紹介状を書いていただいて、その地域の認知症疾患センター
認知症の進行により、認知機能が下がったことでご本人の不安や戸惑いが強くなっていることや、前頭葉の機能の低下などから生じていると考えられています。
病状のためであるので、ご本人を責めないであげていただきたいと思います。
④十分飲まない、食べない
この”十分”とはどれくらいなのか。まずここが難しいですよね。
食事量に関してはご高齢の方だとかなり幅があると現場の印象としてはあります。
机上に論じると、「基礎代謝カロリー」はハリス・ベネディクト方程式というもので求めることが一般的です。計算式は次のとおりです。
- 男性:13.397×体重kg+4.799×身長cm−5.677×年齢+88.362
- 女性:9.247×体重kg+3.098×身長cm−4.33×年齢+447.593
たくさん数字があって目がチカチカすると思いますが、大切なのはこの式において、”体重””身長””年齢”によって値が変わってくる、ということです。
つまりざっくりと申し上げると、その方の体格と年齢でだいたい分かるよ、ということです。
大柄な若い方はそれだけ何もしなくても消費するカロリーが多くなるし、小柄な高齢者は何もしなくても消費するカロリーは少ないということです。
75歳以上の高齢者であれば、基礎代謝カロリーはざっくり約1200kcalなので、このカロリーを下回る日が続いてしまうとだんだんと痩せていってしまいます。
そして、高齢の方で食事よりも気を付けなければならないのが飲水量です。
高齢者は体内に保持している水分量が元々すくないため、外から十分な水分が入ってこないとすぐに脱水傾向となります。
脱水か否か、自宅で判断するのには以下のような方法があります。
- 尿量が少ない。
- 口の中が乾いている。舌にひだがある。
- 脇の下がいつも乾燥している。
- 胸の真ん中の骨(胸骨)の上の皮膚をつまむと、つまんだ形のままなかなか元に戻らない。
こんな症状がなくても、食事の時以外で水分を摂っていないとほぼ確実に脱水傾向にあるといえます。
脱水になると体はだるく、活気も低下してぼんやりとしてくるため、より水分を口から飲めなくなるという悪循環が起こります。そのため、点滴で水分を補う必要があるため医療機関へ早めに受診が必要なのです。
⑤片時も目を離すことができない
家にいるのに「家に帰らなきゃ。」とどこかへ出かけようとする。
そして、そんな行動が昼夜問わずにあったら、、
目が離せませんよね。
「帰宅願望」と呼ばれるものです。
家族としては「ここが家なのに、どうして『家に帰らなきゃ』なんて言うのかしら?」と不思議な気持ちになりますよね。そして、そのまま出て行ってしまったら事故に会わないか、ちゃんと帰って来れるかなど不安になりますよね。
その気持ちはとてもよく分かります。
こういった「帰宅願望」「焦燥感(しょうそうかん)(ソワソワした気持ち)」「徘徊」は認知症の経過で認知症のタイプによらず非常に多くみられます。
どうしてこんな行動をするのか、私の現時点での解釈はこんな感じです。
おそらく、ご本人の中での”家”とは過去の、自分がまだ幼いころの家なのではないかと思うんです。
お父さんとお母さんがいて、温かい守られていたあの頃の家。
人によっては自身が親になりたてで、「子どもがお腹を空かせて待っているから、家に帰ってご飯を作ってやらなきゃならない。」という気持ちで”家”に帰ろうとする方もいます。特に女性に多いです。
現実の家とは違う、自分の思い出の中の”あの家”に戻りたい、というお気持ちなのではないかなと解釈しています。
こういった症状が出ているときには、いくら現実の話をしてもなかなかご本人には伝わりません。
「どうして家に帰りたいの?なにか不安なの?」そういった寄り添う姿勢が不安感、焦燥感を軽くしてあげられるかもしれません。
けれど、対応が上手くできても同様の症状がまた何度も出るので、もしそれが夜中だったりすると対応するご家族も疲弊してしまいます。
ご本人もいつもソワソワして不安でいると辛いため、不安焦燥感を和らげるために少し薬の力を借りた方がいい場合がほとんどですので、こんな症状がでてきたら医療機関を受診していただきたいと思います。
都合上、特に介護負担が大きい5つに絞って例にあげましたが、これら以外にもそれぞれのケースでご本人・ご家族の日常生活に支障のあることは多くあると思います。これらはあくまで一部に過ぎません。

どこに助けを求めればいいのか
お住まいの地域の【地域包括支援センター】にご相談することがまず第一歩です。
自分で検索することが難しい方は、地域の役所へ足を運ぶと繋いでくれると思います。
【地域包括支援センター】は自治体から委託され、高齢者の方が住みなれた地域でその人らしく暮らし続けられるように、介護・福祉・保健・医療など、さまざまな面で支援を行うための総合相談機関です。
コーディネーターのような役割ですね。
イメージとしては、病院にかかった時の「こんな症状なんですけど、何科にかかったらいいですか?」といった相談をする総合受付のようなものです。
相談者が何に困っているかを聞き、ご本人の様子などから病院にかかる必要があるか、訪問した方が良さそうかなど包括的に考えてくれます。
おわりに
こんな経験があります。
自宅で2人暮らしをされていたご夫婦がいました。旦那さんが重度認知症で、奥様が献身的に四六時中介護されておられました。
いよいよ食事を食べなくなってしまい、入院の必要があるということで旦那さんは入院となりました。
入院後数日して、私のところへ奥様から電話がかかってきました。
「先生、私どうしたらいいか分かりません。今までずっと介護してきたからあの人が入院してから何をしていいか分からなくて、今にも飛び降りそうで、、、」
すぐに病院に来ていただき、精神科医の診察を依頼してうつ病の治療が開始となりました。
徐々に薬の力も借りて日常生活を穏やかに過ごされるようになりましたが、あのときの「助けて」の電話があって本当によかったと思っています。
介護を日々頑張っている方は、気が付かないうちに自分の精神をすり減らしてしまっているものです。
こんなにギリギリの状態であったことに渦中の本人は気が付かないものです。
「私の頑張りが足りないのかしら」なんて思わずに相談してください。介護は我慢したり、頑張るものではないんです。
なにより、認知症であるご本人がそんな姿を望んでいないのですから。

コメント