こんにちは。くんぱす先生です。
私は認知症疾患医療センターに勤務する医師で、認知症予防健診から終末期のお看取りまで認知症の全段階の診療を日々行っています。
診察室では認知症ご本人の診察が中心となってしまうので、介護者のサポートがしたくてサイトを立ち上げました。
このサイトでは、日々認知症診療に携わる医師の立場から、認知症介護をされている方にとって助けとなる内容を発信しています。

入院すると認知症が悪化する、と聞いたことがあります。
この度、母が入院しなければならなくなったのですが、認知症が悪くならないか心配です。

『入院すると認知症が悪化する』ことは十分に考えられます。
どうして悪化しやすいのかを分かりやすくお話していきます。
入院を契機に認知機能が低下する原因
- 身体の具合が悪いことが認知機能にも影響を与えるため
- 活動度が落ちるため
- 環境の変化に戸惑うため
- 自分で行う活動が減るため
入院することで認知機能が低下する原因として、これらが挙げられます。
それでは一つずつ簡単に解説していきます。
身体の具合が悪いと認知機能にも影響がある
入院を要するような身体の病態とはどんなものでしょうか?
高齢の方の入院では、骨折や肺炎、尿路感染症などが多いと思われます。
これらの病態がある場合、身体はだるかったり苦しかったりと不調な状態であることが容易に想像できます。
その不快な身体の状態は注意力や意欲を低下させるなど認知機能の低下に影響を及ぼします。また、イライラするなど精神症状にも同様に影響を及ぼします。
活動度が落ちるため
身体の具合が悪いため、今までのように活動するわけではなくベッドの上での時間が長くなることで活動度が落ちます。
そのため、日中の刺激が少なくなり、人との交流や会話が減り、睡眠覚醒リズムが乱れやすく昼夜逆転することもあります。
それに伴い、認知機能の低下を引き起こし得ます。
環境の変化に戸惑うため
認知症の方は、環境変化の影響を受けやすいといわれています。
布団だった家から突然入院ベッドに変わり、毎日違う看護師さんと顔を合わせることになり、トイレの場所が分からなかったり、同じような病室がいくつもあって自分の部屋がどこだったか分からなくなり混乱しやすい環境に身を置くことになります。
こういった不安や混乱は認知機能低下に影響を及ぼします。
自分で行う活動が減るため
自宅内では自分の身の回りのことをしていた認知症の方も、入院をきっかけに身の回りのことを病院の職員がしてくれるようになります。
自分で考えて行動することが減るため、脳への刺激が減ってしまいます。
受動的な日々を過ごすことで認知機能は低下しやすくなります。
このように様々な理由で、入院により認知機能は低下しやすいのです。
とはいえ身体の治療が優先
入院により認知症症状が悪化しやすいとしても、身体の治療のため入院が必要な病状なのであれば身体の治療を優先する他ありません。
「認知症が悪化するかもしれないから」という理由で、身体の治療を行わないという選択肢はとれないですよね?
話は少し変わりますが、入院して身体の治療を行う上で『認知機能低下がある』というのはリスクになります。

認知症の方の入院で起こりえること
点滴自己抜針
例えば、点滴が必要なのに必要性の理解を保持できず自己抜針(自分で点滴を引っこ抜くこと)をしてしまうなどです。
認知機能低下がない場合、点滴の管を引っこ抜くとどうなるか想像することができますし、何のために今自分が点滴治療を受けているのかを理解できているので、引っこ抜こうとは思わないはずです。
しかし、認知症の方は説明を受けた内容が理解できていなかったり、その時は理解できても記憶を保持することが難しく、時間が経つことで自分がなぜ点滴をしているのか分からず、点滴の管を”煩わしいもの”と捉え、後先まで想像することが難しいため引っこ抜くという行動に至ってしまうのです。
そして流れる血を見てびっくりしてしまい、戸惑いから興奮に至るなどの精神症状の変動を引き起こし得ます。
せん妄
【せん妄】とは一時的な意識の混乱のことです。イメージとしては、深い眠りのときに急に起こされたときの寝ぼけている状態のようなものと考えて頂くと分かりやすいと思います。
自身の家とは違う環境に移ったとき、ストレスの多い環境などで発症しやすいと言われています。
”ICU症候群”という言葉もあるように、非日常的な環境に身を置かれることで発症しやすくなります。
認知症の方はより変化に影響されやすいため、せん妄の発症リスクが高いです。
せん妄を発症すると、危険なことを危険であると認識できなくなるため予期せぬ行動を起こすため事故に注意が必要です。安全のために身体拘束などの行動制限が必要になる場合が多いです。
入院中に発症したせん妄は退院後もしばらく続くことが稀にあります。
離院
自分が入院していることやその必要性が理解できず、自宅に勝手に帰ろうとしてしまう可能性があります。
職員が気付いて病室へ連れ戻そうとすると興奮して怒ったり、無事に病室へ戻っても数分後にまた「家に帰る」と帰宅願望が頻回に聞かれたりするなど、身体の治療を行う一般床では対応が困難な場合があります。
ベッドからの転落・転倒
ベッドからの転落は想像以上に多い事故です。高齢の方はベッドからの転落や転倒で大腿骨などの骨折をすることも少なくないのが現状です。
転落防止のために柵をしていても、ご自身で外し転落したり、柵を乗り越えることもあります。
せん妄を併発しているときなどは安全のために身体拘束を余儀なくされることも少なくありません。
まとめ
入院をきっかけに認知症症状が悪化する原因についてお話ししました。
認知症の方が入院すると起こりえることをご覧いただくとお分かりのように、一般病床への入院継続が難しい程度の行動がみられると、予定よりも早く退院せざるを得ない場合もあります。
その場合は、外来通院でも可能な範囲での治療に切り替えるなど主治医と話し合う必要があります。
一般病床での入院が困難な場合、精神科病院での内科治療を行っている病院へ相談するのも一手です。
それだけ、認知症症状と身体合併症のバランスは難しいものであるといえます。
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