こんにちは。くんぱす先生です。
私は認知症疾患医療センターに勤務する医師で、認知症予防健診から終末期のお看取りまで認知症の全段階の診療を日々行っています。
診察室では認知症ご本人の診察が中心となってしまうので、介護者のサポートがしたくてサイトを立ち上げました。
このサイトでは、日々認知症診療に携わる医師の立場だからこそ話せる、認知症介護をされている方にとって助けとなる内容を発信しています。

私はご本人へしっかりと『認知症』であることの告知をしています。
医療従事者の中でもご本人にはっきりとお伝えしない方針の先生もいますが、ご本人も苦しんでいるであろう症状が「病気のせいなんだ」「だから治療が必要なんだ」と思えるステップは必要なものだという想いでお伝えするようにしています。
なぜ告知することを戸惑うのか
さまざまな理由があると思いますが、根底には人間のこんな気持ちがあるのではないでしょうか。
悪い知らせを伝えたくない。
ただ、単純にそう思うのです。
悪い知らせを聞いた本人が
- がっかりする姿を見たくない。
- 傷つけたくない。
- 『そんなはずがない!』と怒るのを見たくない。
その気持ちは自然に湧き出て当然だと思います。
けれど、これらの気持ちの主語は”本人”ではなく”私たち”であることを忘れてはいけません。
- がっかりする姿を”私たちが”見たくない。
- ”私たちが”傷つけたくない。
- 『そんなはずがない!』と怒るのを”私たちが”見たくない。
主語は”本人”であることを意識する
『認知症』という病気にかかり、これから治療しながら共に歩むのはご本人です。
常に、ご本人が中心にあって、周りに私たちサポーターがいるという構図を忘れてはいけません。
- ややこしい手続きが一人ではできなくなった。
- 大好きな料理も段取りがうまくいかず焦がしてしまうことが増えた。
- 自分では今まで通りやっているけれど、家族や周囲の人に指摘されることが増えた。
はじめのきっかけは人ぞれぞれだと思いますが、こんな風に自分の変化に戸惑っているのはご本人も同じです。
その原因を知りたいはずですし、改善できることがあるならば取り組みたいと思っているはずです。
『認知症』と言われたことがない人が多すぎる
数多くの入院に至るケースのうち、『認知症』としっかりご本人に伝えられているケースは多くありません。
中には、繰り返しご本人に伝えてはいるが短期記憶障害から記憶を保持できていない場合もあると思います。
しかし、『本人には伝えていません』というケースも少なくないのです。
認知症の方の意思決定支援
【認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン】というものが平成30年に厚生労働省からでています。
これにはこう書かれています。
意思決定支援とは何か(支援の定義)
認知症の人であっても、その能力を最大限活かして、日常生活や社会生活に関して自ら
の意思に基づいた生活を送ることができるようにするために行う、意思決定支援者によ
る本人支援をいう。
”自らの意思に基づいた生活”を送るために、認知症である旨をご本人に理解し受容していただくことは必要なステップであると思います。
治療する上で告知は避けられない
- なぜここに通院するのか。
- なぜこの薬を毎日飲まなければならないのか。
- なぜこんなにイライラ、ソワソワするのか。
- これから自分はどうなってしまうのか。
こんなご本人の”?”に応えるには告知は避けて通れないと私は思います。
なんのための薬か分からず、毎日薬を飲み続けられますか?
自分が自分ではなくなってしまうのではないかという不安に、その原因や理由を知りたくなりませんか?
これから治療やケアを受けていく中で、ご本人がどのくらい理解できるかは別の話として告知は避けて通れません。
『言っても理解できないだろうから伝えない』というのは告知しない理由にはならないと思います。
どのように告知をするのか
ここからは私の一例です。
人により話し方を変えますし、話す中でご本人がどれだけ理解できているかを探りながら表現をかみ砕いて伝えていきます。
まずは困っていることがないかご本人に伺う
軽度の方であれば、もの忘れの症状など何か違和感を日常生活で感じていらっしゃることが多いので、ご本人の言葉で実際のエピソードを引き出します。
『もの忘れ』『認知症』などこの段階でこういった表現がでてくる場合は、告知の際にもその言葉を借りてお伝えしています。
重度になってくるとご本人は「困っていない」とお応えになる場合が多いです。
その場合はオープンクエスチョンではなく、具体的に聞いていきます。
- 夜は眠れていますか?
- 食事は美味しく食べられてますか?
- 最近、イライラして怒ったことは?
それでもご本人からは「なにもない」ということでしたら、介護者から事前に伺っている認知症症状をお伝えします。

こないだ、家に泥棒が入って怖かったって聞いてますけど、そういったことがありましたか?

そうなのよ。よく物がなくなるし、知らない男の人が入ってきたりするから、窓から監視しているの。

それは怖かったですね。そういうことがあると夜も眠れないときがありませんか?
誰かに相談しましたか?
といった感じで、実際に介護者から伺ったエピソードをご本人に投げかけてみると、どんどんと嫌だったエピソードなどが引き出せたりします。
事実確認ではなく、”ご本人”がどんなことに困っているのかを引き出すのが目的です。
ご本人が語る困った症状の内容や表現の仕方を拝借して告知を行うと、すんなりと理解に繋がることが多いのでそうしています。
困っている症状を丁寧に聞くうちに警戒心がほぐれる
はじめは「困っていない」と仰っていた方も、話していくうちに「そうそう、こんなこともあってね」と心の扉を開いてきてくれます。
おそらく、「この人は自分の話を否定せずに最後まで聞いてくれる」と警戒心がほぐれているのだと思います。
すると、告知するときにこちらの話も聞いてくれやすくなります。
『認知症』であることを伝える
いろいろお話を聞かせていただいてありがとうございます。
困ったことがあったようですね。
だんだんと年を重ねて、今まで通りにはいかないことも増えて戸惑うことも多いと思います。
その中でも頭が混乱しやすくなったり、イライラやソワソワする感じは『認知症』によるものだと思われます。
脳も他の身体の部位の一緒に年をとるので、今までとは少しずつ変わってきているようですよ。
こんな風にお話して「そうですか」と仰る方もいらっしゃれば、「私は大丈夫」「違うと思う」とやや拒否的な態度をとられる方もいます。
そのときの受け取り方や反応も認知症の周辺症状としての易怒性や興奮が隠れていないかを診る上で大切です。
治療することで困った症状を和らげたいと伝える
困った症状はご本人が悪いのではなく、病気の症状であるとお伝えします。
薬剤加療が必要な方には、その症状をよくするために薬を飲んでいただく提案をします。
おなかを下したら整腸剤を飲むように、イライラに対して心を落ち着ける薬を飲んでみませんか。
内服する理由をきちんと説明したか否かで、服薬コンプライアンスにも影響があると思います。
自宅で飲み忘れても、家族からの指摘で「ああ、先生が言ってたお薬ね。」となり得るからです。
まとめ
関係の近いご家族からはご本人へなかなか伝えにくい「認知症の告知」。
医療従事者は時として、ご本人へ告知することでご本人の今後の意思決定の支援をしていく必要があります。
戸惑いや不安などの辛い症状は『認知症』によるものなんだ、と伝えてあげることは悪いことばかりではないはずです。
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